風邪をひいて1週間が過ぎました。
咳が続き痰がからみ頭はずっとぼんやりしていました。
熱はないのに体は重くまるで水の中を歩いているような感覚。
若いころなら「たいしたことない」と言って動いていたかもしれません。
でも今の私は違います。
50代の風邪は思った以上に長引く。
治りかけてはぶり返し少し良くなったと思えば夜になるとまた咳が出る。
めめもう若くないな
正直そんな言葉が何度も頭をよぎりました。
体が止まると心も止まる
今回いちばん驚いたのは
体だけでなく心まで止まってしまったことです。
本を開いても文字が目の前をすべるだけ。
いつもなら気になる一文に線を引くのに何も残らない。
ブログを書こうとしても、
言葉が浮かばない。
私はこれまで「書きたい」「学びたい」という気持ちに支えられてきました。
朝6時の朝活で手帳を開き、未来を考える時間が好きでした。
けれど体が弱ると
未来を思い描く力まで弱くなるのです。
体が止まると心も止まる。
これは本当に実感しました。
生きることが最優先になる
風邪をひいている間私はほとんど何もしていません。
横になり咳をし薬を飲みまた眠る。
それだけ。
でもそれが精一杯でした。
人は体調を崩すと「生きる」ことにエネルギーをすべて使います。
何かを生み出す力も前に進む力もいったん静かになる。
だから動けない自分を責めなくていい。
今は回復の途中なのだから。
そして心が動いた
今朝目が覚めたとき。
空気が少し軽く感じました。
咳が減っている。
頭の重さも少しやわらいでいる。
そのときふっと浮かんだ言葉。



何か書きたい
小さな小さな声でした。
でも確かにそこにありました。
続いて浮かんだのは、



本を読みたい
ああ、戻ってきた。
私は静かにそう思いました。
回復は派手ではない
回復というと急に元気になるイメージがあります。
でも50代の回復は違います。
それはゆっくりと灯る小さな灯りのようなもの。
昨日より少し呼吸が楽。
今日は少し食欲がある。
そして今日は少し未来を考えられる。
その積み重ね。
派手ではないけれど確実な変化。
だからこそその変化に気づける自分でいたいと思いました。
身体資本という考え方
私は最近身体資本という言葉を大切にしています。
どんなに前向きな気持ちがあっても、
体が弱っていれば動けません。
今回の風邪は、
「体を大切にしなさい」というサインだったのかもしれません。
50代は若いころのように無理がききません。
でもその代わり自分の体の声を聞く力が育っています。
無理をしないという選択
今日書きたい気持ちが戻ってきました。
でも私は決めています。
たくさんやらない。
30分だけ書く。
1章だけ読む。
早めに寝る。
元気が戻るとつい取り戻そうとしてしまいます。
遅れを挽回しようと焦ってしまう。
でもそれをするとまたぶり返す。
50代の私はもう知っています。
ゆっくり戻ることがいちばんの近道。
回復すると未来が見える
体がつらい間未来は見えませんでした。
ただ今日を乗り切るだけ。
でも少し元気になると、
「これを書きたい」
「次はこんな記事を書こう」
「また本屋さんに行きたい」
未来が少しずつ形を持ちはじめます。
私は未来志向の人間です。
だから未来が見えなくなると不安になります。
でも今回わかりました。
未来は体が整うと自然に戻ってくる。
無理に描かなくていい。
整えばまた見える。
今日という合格点
今日は完全復活ではありません。
まだ咳は少し残っています。
体力も万全ではありません。
それでも
「書きたい」
「読みたい」
と思えた。
それだけで今日は合格です。
大きな成果はいらない。
大きな成長もいらない。
心が動いた。
それがいちばんの回復の証です。
さいごに
回復すると心はこんなにも動き出す。
それは小さくて静かな変化。
でも確実に生きる力が戻っている証。
50代の私はこれからも無理をせず
体を整えながら
ゆっくり前に進んでいきたいと思います。
そしてまた明日
静かな灯りがともりますように。









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