50代になってから
なぜか神社に行きたくなる日が増えました。
大きなお願いごとがあるわけでもなく
人生が行き詰まっているわけでもありません。
めめ今日は神社に行こうかな
そんな気持ちがふっと心に浮かぶのです。
若い頃にはなかったこの感覚。
それは50代ひとり暮らしという生き方の中で
少しずつ育ってきたものなのだと思います。
50代ひとり暮らしが神社に行きたくなる理由
若い頃の神社は「お願いする場所」だった
若い頃神社は
・受験
・就職
・結婚
・家族の健康
はっきりした願いごとを持って行く場所でした。



どうか叶いますように。



うまくいきますように。
神社は、
人生の大事な場面で背中を押してもらう場所。
そんな存在だったように思います。
でも50代になった今
神社に行く理由は少し変わってきました。
「がんばり続けること」に疲れてくる
50代になると色んなことを経験してきました。
失敗もしてきたし
思い通りにならないことも沢山ありました。



もっとがんばらなきゃ。
まだ足りない。
そう自分を追い立てることに、
少し疲れてくるのです。
前に進みたい気持ちはある。
でも、
これ以上無理をしたくない気持ちもある。
その間で、
心が揺れる年代なのかもしれません。
ひとり暮らしは自由だけど不安
ひとり暮らしは気楽です。
誰にも気を使わず自分のペースで暮らせます。
でも同時に
すべてを自分ひとりで背負う生活でもあります。
- 体調が悪いとき。
- 仕事で疲れた日。
- 将来のことを考えて眠れない夜。
誰かに話すほどでもないけれど
心の中には
言葉にならない不安が溜まっていきます。
そんなときにぎやかな場所よりも
静かな場所に行きたくなります。
神社は何も話さなくていい場所
神社に行くと誰かに説明する必要も
元気なふりをする必要もありません。
手を合わせて深呼吸をして立っているだけ。
それだけで
気持ちが落ち着いてくるのを感じます。
神社は
「何を考えているの?」
「どうしたの?」
と聞いてこない場所。
だからこそ私の心には
ちょうどいいのだと思います。
「答え」より「静けさ」が欲しくなる
若い頃は正解がほしかった。
道しるべがほしかった。
でも50代になるとはっきりした答えよりも
静かに考える時間のほうが大切になって来ました。
神社にはアドバイスも指示もありません。
でも、
静かな空気の中で立っていると
自分の本音が少しずつ浮かんできます。
「本当は少し休みたい」
「このままでも悪くないのかもしれない」
そんな小さな気づきが
心に残ります。
前向きになるためだけの場所じゃない
神社に行くと
- 元気にならなきゃいけない。
- 前向きにならなきゃいけない。
そう思っていた時期もありました。
でも今は
前に進めない日があってもいい
そう思えるようになりました。
立ち止まって
今の自分を確認する。
神社は
そのための場所でもあるのだと思います。
何も願わなくても神社に行っていい



お願いごとがないのに行っていいのかな
そんなふうに思っていた時期もありました。
でも今は
願わなくても話さなくても
ただ行くだけでいいと思っています。
神社は
がんばれない日も迷っている日も
そのままの自分を受け止めてくれる場所。
だから50代になると
自然と足が向くのかもしれません。
まとめ:神社は心の休憩所
何かを手に入れたいから」ではなく
「少し心を休ませたいから」。
強くならなくていい。
変わらなくてもいい。
静かな場所で
今の自分を感じる時間。
それが私にとっての
神社参拝なのだと思います。









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